展示室3-5 ここでは英国ビクトリアンなどのウランガラスを紹介しています。
写真(1)のチューリップの飾り瓶は、典型的な英国ビクトリアン調のアートガラスですが、紫外線下の写真からもわかるように、花びらの部分も含めて全体が薄黄緑系のウランガラスでできています。最上部はクランベリー色で、そこから下へ向けてピンク色、白色に変わり、さらに薄黄緑色の透明ウランガラスへと色調が変わっています。白色から黄緑色へ変わる境界部分が青っぽく見えます。残念ながら写真ではピンク色と青色がよく出ていません。クランベリー色の部分は、薄黄緑色のウランガラスに挟まれたシート状のように見えます。クランベリー色のガラスそのものは蛍光を出していません。花びらの先端は8枚に分かれています。脚の部分は6枚の葉からなり、3枚の葉は固定用、3枚の葉が上に向けられています。底には製造時についたポンティル痕があります。このチューリップの製作メーカーについては確かな証拠はないようですが、専門家のあいだでは、英国中央部のStourbridge近郊のWordsleyに設立されたリチャードソン(Richardsons)社が1900年頃に製造したものと考えられています。
ところで、日本製のウランガラスに詳しい方であれば、和のウランガラスとしてもっとも珍重されている「かき氷のコップ」の色調とこのチューリップがどことなく似ていることに気づかれるのではないでしょうか。米国から日本にウランガラスの技術が持ち込まれたのは1899年(明治31年)です。「氷コップ」が作られるようになったのは、それよりだいぶ年数を経た大正、昭和の時代でしょうから、写真のチューリップのほうが時代的に古いのは明らかでしょう。日本のウランガラスには、米国のワセリンガラス風の型押しガラスが比較的多いような感じがしますが、日本の「氷コップ」はひょっとして英国ビクトリアンの影響を受けていたのかもしれないと考えると面白いですね。 |
トーマス・ウエッブ(Thomas Webb)社のウランガラスでは、なんと言ってもページ3-1に紹介しているバーミーズ・ガラスが有名ですが、写真(3)のようなビクトリアン調のアートガラスももちろん数多く作られました。この写真のガラスは、バラの花びらなどのポプリを入れる「Rose Bowl」というものです。上部の開口部が狭くなっているのが、ローズボウルの特徴です。上端はクランベリー色で、そこから下へ向かって薄緑色系の透明ウランガラスへと色合いが変わっています。クランベリー色のガラスは内面を覆うように被せられていてウランガラスではありません。胴部にはスパイラル状に多数の溝が刻まれていて優美な形を作りだしています。下部は上部の花びらを支えるがくのように4個の脚で固定されています。製造メーカーのマークはありませんが、これとまったく同じローズボウルがDavid A. Petersonの著書の61ページにThomas Webb社製として紹介されています。 |
英国では大振りの酒杯をラマー(Rummer)と呼びます。写真(5)のワイングラスもその部類に入るものでしょう。ガラスの色が特徴的で、やや黄色味を帯びた輝きのある琥珀色を呈しています。ページ3-3の写真(10)やこの次の写真(7)および(9)に示すThomas Webb社の「Sunshine Amber」と呼ばれる琥珀色のウランガラスとよく似ていますが、こちらのほうがより黄色っぽく見えます。紫外線を当てたときの蛍光が強く、ウランの含有量は比較的多いようです。グラスの外面には、インタリオ(intaglio)という「沈み彫り」の技法により、葡萄の房と葉の模様が描かれています。製造メーカーの刻印はありません。グラス全体に微小な異物の混入や気泡も認められ、ガラスの品質としてはやや劣るようです。
「The Big Book of Vaseline Glass」という本に、ロイヤル・ブリーリイ(Royal Brieley)社の「Auburn」というワイングラスが紹介されていますが、この写真のワイングラスの色合いおよび葡萄の模様と極めてよく似ています。したがって写真(5)のワイングラスはRoyal Brieley社の製品と思われます。Royal Brieley社は、1847年に設立された英国老舗のガラスメーカーStevens & Williams社が1920年代以降に用いた社名です。英国中部の都市Stourbridge近郊のBrieley Hillに工場をかまえたことから、このような名前がつけられたものと思われます。ちなみにRoyal Brieley社のワセリンガラスでは、「Royal Fan」というシリーズのテーブルウエアがよく知られています。 |
写真(7)および(9)は、英国トーマスウェッブ社(Thomas Webb & Sons)の飲用グラスと花瓶です。1940年代。高さはそれぞれ10.7 cm、13 cm。'Sunshine Amber'というシリーズの琥珀色のウランガラスです。底には'Webb made in England'と刻印されています。グラスの内面が波のようにうねっていて、このようなデザインはドレープ・パターン(Drape Pattern)と呼ばれています。胴部には沈み彫り技法による葡萄の房と葉の模様が描かれています。ページ3-3の写真(10)のウェッブ社の小ワイングラスも同じSunshine Amberシリーズで、こちらのデザインはボール・パターン(Ball Pattern)と呼ばれています。 |
写真(11)は、英国ビクトリアンの小花瓶です。メーカー不詳。吹きガラス。1880年代。高さ9.7 cm。まるい膨らみを持った胴部、花びらのように広がった口の形は典型的なビクトリアン様式です。胴部には小さな薔薇の花が金彩で描かれています。口の縁取りにも金が用いられています。細くくびれた部分の上下はオパールのように白色半透明になっています。黄緑色のウランガラスに、白いオパールと金彩が調和し、上品さが感じられます。口の部分は6枚のひだ、胴部は12面の面取りのような加工が施されています。底面は円形に研磨されています。 |
写真(13)は英国トーマス・ウェッブ社の花瓶です。高さは約14.5cm。1930年代後半から1940年代のもの。胴部の凹凸形状はBall Patternと呼ばれるウェッブ社独特のデザインで、底にはMade in England Webbというトレードマークが印されています。紫外線下ではウランガラス特有の緑色の蛍光がはっきりと見えますが、太陽光の下ではもともとのガラスの緑色が強いためあまり差は見えません。
The Big Book of Vaseline Glass (B. Skelcher)によれば、ウェッブ社が1930年代に作ったウランガラスには、Sunshine Amberという琥珀色のガラス、Eau de Nilと呼ばれる薄緑色のガラス、それとBristol Green と呼ばれる少し青味がかった深緑色のウランガラスの3種類があります。 19世紀のジョージアンやビクトリアンのワイングラスなどには、Bristol Greenのガラスが見かけられますが、それらを見ているとBristol Greenには、青みがかった深緑色から濃い深緑色まで、多少トーンの幅があるようです。この写真のガラスはごくふつうの深緑色に見えます。典型的なBristol greenとは言えないかもしれませんが、その仲間と考えてもよいでしょう。 ちなみに、Bristolはロンドンの西方約150 kmにある、中世から貿易や工業で栄えた都市ですが、こういう深緑色の発祥の地にちなんでBristol Greenと呼ばれているようです。 |
さて、もう一つBristol Greenのウランガラスを紹介しましょう。写真(15)は、写真(13)と同じく、英国トーマス・ウェッブ社の飲用グラスです。高さは9.7 cm。1940年ころのもの。デザインはボール・パターンです。これにもグラスの底にWebb Made in Englandのマークがあります。
写真(13)と(15)のガラスを肉眼で見比べると、わずかですが写真(15)のグラスほうが少し青味を帯びた深緑色を呈していて、Bristol Green の特徴が現れているように見えるのですが、上の写真ではそのへんの微妙な違いがわからないかもしれません。
下にバックを白地にして撮った写真を示しました。飲用グラスの方が少し青みがかっていることがわかるでしょうか。 |
写真(20)は、英国トーマス・ウェッブ社が1940年前後に作った3種類のウランガラスのひとつ、Eau de Nil という薄い緑色のウランガラスです。写真(15)と色違いのグラスで、大きさもほとんど同じですが、厚みがやや薄くできています。グラスの底には不鮮明ながらWebb Made in Englandの酸エッチングマークがあります。 |
写真(22)も、写真(20)と同様、英国トーマス・ウェッブ社製のEau de Nil というウランガラスでできたポートワイングラスです。高さ9.5cm の小グラスです。胴の部分には8面カットが施され、ステム部分にノップ(丸い握り)のような突起があり、19世紀中頃のグラスを真似たようなデザインになっています。グラスの底には、Webb Made in England のマークがあります。 |